心をむしばむ毒
- 仏教のこと
- 2008年10月16日 17:24

薄紅の秋桜が秋の日のでございます♪
さて、ふたたび中国製の冷凍食品から、今度は殺虫剤が検出されたとして大きなニュースとなりました。これ以上の被害が重ならないよう願うばかりです。
殺虫剤、、これは「体をむしばむ毒」ですが、「心をむしばむ毒」というものもあります。仏教では、それは3つあると教えています。
この毒に心がやられると、嘘をついてしまったり、人を傷つけてしまったり、邪な心で盗んでしまったりしてしまいます。
結果、苦しい思いで後悔し、未練の多い人生を送ることになってしまう、、という強い毒です。
しかしながら、後悔、もしくは未練のない人生などありえるでしょうか。おそらくほとんどの方、いや、すべての方が、大小の差はあれ何かしら悔いを残しながら生きておられるのではないか・・と思います。それでも、明るく、前向きにお暮らしの方はたくさんいらっしゃいます。その差はどこから出てくるのでしょうか。
じつは、心への毒にも解毒剤があります。そのためには、まず毒の正体を見きわめなければなりません。
毒のひとつは「むさぼり」
私たちの欲望には限りがありません。気をつけないと満足はすぐに色あせ、欲求不満の虜となってしまいます。
もうひとつは「いかり」
不満の瞋(怒)りは、理想と現実のギャップが大きければ大きいほど、増してきます。瞋りは、心はおろか、体までも不調にさせます。
最後は「おろかさ」という毒です。
そのギャップは、そもそも「すべてが思い通りであって欲しい」という「ありえない理想」を追いかけることが原因です。理想と欲望がごっちゃになって、うまく区別できないのです。
毒の正体が見えてきましたでしょうか。
そうです。
この毒は、体の外からやってくるものではありません。
この毒は、自分の心の中に、知らず知らずのうちにしみ出しているものなのです。
人をだましたり傷つけたり、無意識のうちにさせてしまいます。
毒を毒とさとらせず、あらゆる不満は「自分ではなくまわりのせい」にさせてしまう猛毒です。
だからやっかいなのです。
理屈では、その逆を目指せば毒は消えて、苦悩や後悔から逃れられるはずです。では、具体的にはどういう方法をとればいいのでしょうか。
お釈迦さまのころ、教団では日を決めて、自分の罪を告白しあうことを行っていたと言われています。仲間の前で、罪を述べて許しを請うわけです。
これはなかなか勇気のいることだと思います。自分のイヤな部分を見なければ、告白などできませんから。しかし、今どうしようもなく思う、悔いの苦しみ、未練の苦しみから抜け出すには、これが最善の方法なのです。これを「懺悔(さんげ)」といいます。
懺悔をする仲間がいらっしゃらなかったら、どうぞ近くのお寺へおまいりになって下さい。そして、本堂で、仏さまに向かって告白をなさって下さい。声に出さなくてもけっこうです。悔いをどんどん、表に出すことが大事です。そういうとき、意外と言いわけは出てこないものです。
そして、「懺悔の唱えごと-懺悔文(さんげもん)」をお唱え下さい。
我昔所造諸悪業 がしゃくしょぞうしょあくごう
皆由無始貪瞋痴 かいゆうむしとんじんち
従身口意之所生 じゅうしんくいししょしょう
一切我今皆懺悔 いっさいがこんかいさんげ
和文では
我れ昔より造りし所の諸々の悪業は
みな無始の貪瞋痴による
身と口と意より生ずる所なり
一切を我れ今皆懺悔したてまつる となります。
毒がしみ出すのは、あなたのせいではありません。しみ出せば、消せばいいのです。
どうか、「心をむしばむ毒」が消えて、喜びと安らぎの中に日々が暮らせますように。
もしも、悔いや未練で苦しんでおられるなら、「懺悔という解毒剤」によって、罪という失敗がその後の人生の糧として生まれ変わりますように。
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