プチ修行
![]() | プチ修行 (幻冬舎文庫) 小栗 左多里 幻冬舎 2007-08 by G-Tools |
『ダーリンは外国人』でおなじみの漫画家、小栗左多里(おぐりさおり)さんが、何となく「足りてない」と感じる自分を見つめ直し、何ごとにも動じない幸せな人間になりたい・・と思って、いろんな「修行体験」をしてはレポする、という企画の本です。
行かれたのは、(ヴィッパナサー)瞑想、写経、坐禅(臨済も曹洞も)、滝行、断食、四国遍路、、そして(これは修行というより精神療法でしょうか)内観。
みずから信用できそうなところを迷いながら探し、ときに友人と、ときにお一人で、まさに体当たりして感じたことを、忌憚のない意見とともに書かれているのです。ホントに坊さんになるにも、「師を探す」ことの重要さが言われますが、こういう「プチ体験」でも、探すという最初の敷居は高いんだろうな・・と思ってしまいますね。
さまざまなプチ修行をへた小栗さんは、「多くの修行は雑念を払うことに命をかけている」と見て、どちらかというとそれに疑問を投げかけています。雑念を払うことで感情の起伏をフラットにすることが、幸せと言えるのだろうか、、という問いです。
これはたしかに、入門のさわりだけとはいえ、初めてこういうことを体験される人には、もっともな疑問でしょうね。私も、もし坊さんでなければきっとそう思うでしょう。
そこへの答えになるかわかりませんが、道元禅師は「菩提心(ぼだいしん-たとえば修行しようと思う決意)」は、「無常(むじょう-たとえば自分が年老い死んでしまう恐怖)」がもとになっていると教えておられます。
「無常」とは、もう雑念があろうがなかろうが、感情がフラットであろうがなかろうが、有無を言わせずついてまわることです。それは、日常の感情コントロールだけではとてもカバーできない、苦悩を生むこともあります。そんなときに初めて、なぜ修行するのかがわかるのかな。。。
修行はもちろん我慢くらべや、つらい体験の競争ではありません。修行、、って言っちゃうと大上段ですけど、結局のトコロそれは日常をどういう意識で過ごすか、、ですからね。
その点について、小栗さんは、「幸せは、どんな場所にいても幸せだと思えるかどうか」にかかり、それは「感謝する心」なのだと見て、修行はそこに気づかせてくれる、、と書かれています。
ああ、私自身もここはもっともっと突っ込んで、深めていきたいところですわ。なぜ、感謝できるのかわかれば、さらに幸せな時間をおくれるような気がします。
じゃあみんなでプチ修行して、こーんなエヴリデイを過ごしましょうか。そうそう、人生はワインディング・ロードなのよね。
1:20ころ、洗剤が扇風機に垂れてシャボン玉になるシーンがかわいいデス(笑)
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