Home > 時事のこと > | 邦楽 > | 音楽のこと > 阪神淡路大震災から

阪神淡路大震災から

もう14年になります。時間だけでいうと、かなり昔の話しになってきました。

そのとき助かっても、その後お亡くなりになった方も多いでしょうし、小さくて記憶の薄い人、そもそも震災時には生まれてなかった、、という人もかなりの数になってきたでしょうね。
でもやはり、被災されてきたみなさんには、よくぞ、よくぞ死なずに生きていてくださった、、とお伝えしたいです。

職業柄「一寸先はほんとうにわからないのだ」と感じることもあります。
そんなとき、たとえば感謝の気持ちとか、すぐに相手に伝えておかないと後悔することってあるだろうな、、と思うのですね。それも、「ありがとう」という言葉だけですむような、ささいな感謝の気持ちを。。

 
この曲、昨年もネタにしましたが、、


浜田省吾が、所属する事務所仲間(スピッツなど)といっしょに録音したチャリティシングルより。

2005年、じっさいのツアー映像ですね。観客の中には妻もいます(笑)

コメント:4

tenjin95 2009年1月17日 13:01

> 管理人様

拙ブログにもちょっと書いたのですが、その後の日本の災害の様子を見ますと、やはりこの阪神淡路大震災というのは大きな影響を与えたように思います。拙僧からも、被災者の皆様に、お悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。

また、徐々に記憶にない世代も育ってきていますが、この被災の体験を、どう語り継いでいくかは、課題になりますね。せめて、今日だけでも関連記事を多く発することで、注意を喚起したいとも思いますが、一方で、今日という日を忘れたいと仰っている被災者もいるようで、なかなか難しいとも思う次第です。

shosen 2009年1月17日 20:09

tenjin95さんありがとうございます
おっしゃるように、「ボランティア元年」とまで言われるほど、意識の転機であったのでしょうね。
災害とは、ある意味人間のあらゆる面が現れ出てしまうことでも、怖いことですね。今日の夕刊に、被災された方の「忘れたい、でも、忘れてはいけない」というコメントが出ていたんですよね。これは重い言葉で、ここまで言わせるようなことが起こっていたわけですね。

栗原の方はその後いかがでしょうか。いい復興となっていきますように、念じています。

NONNON 2009年1月18日 21:21

1/17が近づくと・・・ふだんと違う気持ちになりますね。
亡くなった方のために祈ったり。
あの日のことを思い返したり。
手元の新聞記事を読んだり。

骨折で入院中、何もできない自分がもどかしかったです。母(当時60半ばでしたが)は被害の激しかった東灘辺りに炊き出しボランティアに参加しましたね。

今年は不思議と、骨折のあとがあまり痛まなかったのですが、震災のことは何年何十年たっても忘れることはないでしょう。

shosen 2009年1月18日 22:34

NONNONさんありがとうございます
そうですね、やはり関西ですと、いまでも新聞の扱いは大きいです。
私は、直接知り合いの方が亡くなった、、とかいうこともありませんでしたし、まだまだ思いとしては浅いものだと思います。

私は長田の方に行ってました。街の景色やみなさんの表情は、もちろん今でも忘れないですね。

入力フォーム

トラックバック:3

この記事へのトラックバックURL
http://softera.jp/mt/mt-tb.cgi/184
このリストは、次の記事を参照しています
阪神淡路大震災から from てらブログ
1月17日 阪神大震災とセンター試験と from つらつら日暮らし 2009-01-17 (土) 12:57
今日は、1月17日。あの、阪神・淡路大震災が起きて14年目となります。また、今日はセンター試験の日です。
阪神淡路大震災から14年 from 太田焼きそばマンブログ 2009-01-17 (土) 17:33
1995年 1月17日 阪神淡路大震災から14年 犠牲者のご冥福をお祈りいたします 合掌
阪神・淡路大震災 あの時から14年が経った(1) from Crossover 2009-01-18 (日) 05:32
最初に言っておくが私は被災者ではない。地震発生3日後にボランティアとして現地へ乗り込んで行った際のことを思い出すままに記載したい。 当時被災状況というの...

Home > 時事のこと > | 邦楽 > | 音楽のこと > 阪神淡路大震災から

Return to page top