証道歌を唱える

8世紀初めのころ、中国(唐)に永嘉玄覚(ようかげんかく)という禅僧がおられ、『証道歌(しょうどうか)』という書物を書かれました。歌、と付くくらいなので、調子のととのった句から成り立っています。
中身は禅の神髄を伝えようとしたもの。「無明の実性即仏性、幻化の空身即法身」とか、「行も亦禅、坐も亦禅」とか、「栴檀林に雑樹なし、欝密深沈として獅子のみ住す」とかとか、禅宗の人なら耳になじみ深いフレーズであふれています。
上っ面をなでただけの感想で恐縮ですが、非常に詩的で、また中国禅らしい威勢の良さみたいなものがとても感じられる経典ですね。
じつはこの『証道歌』、私たちが法要でお唱えすることはほとんどありません。
ところが今日、おなじ教区のお寺で開山忌(初代住職の法事)と先住忌(先代住職の法事)があって伺いましたら、なんと、この『証道歌』をお唱えする機会に恵まれたのです。はっきり言って、私は初めての体験でした。
そのお寺の先代住職がお好きだったようなのですね。これはとても貴重な体験をさせてもらった、、という感想であります。
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