おくりびと
![]() | おくりびと [DVD] 本木雅弘, 広末涼子, 余 貴美子, 吉行和子, 滝田洋二郎 アミューズソフトエンタテインメント 2009-03-18 by G-Tools |
いやー見ました。やっと見ました。本家アカデミーも含め、昨年の日本では賞を取りまくった映画。
所属していた楽団が解散になり職を失った本木雅弘が、妻の広末涼子といっしょに山形へ帰り、そこで得た職がなんと納棺師だった、、というお話しです。
通して見て、ざっとの感想ですが、、まずなんと言っても山崎努の演技はすごいなと。あと、山田辰夫と笹野高史も、しみじみいい役者さんですよね。。
本木くんも杉本哲太も、それに引きずられてそれぞれの味を出してますね。
内容は、意外とベタだな、、という感じ。
最初は夫の仕事に拒否反応を起こしていた妻広末は、世話になって好意を持っていた吉行和子(本木と同級生の、杉本の母親役)が亡くなって夫婦でお悔やみに行き、そこで本木の仕事を見て理解し始めます。
これは、「知らない人の死」というものへの恐怖や嫌悪感が、「知っている人の死」を通して柔らかくなっていく、、というものですね。誰か知らない人の遺体は怖くても、家族の遺体なら怖くなかった、、というご経験をされた方は多いんじゃないでしょうか。
死に限らず、人間の恐怖の源泉は無知である証拠かと思います。(だから、お互いを知り合う努力がたいせつとされるわけですね)
あと、本木6歳の時に自分を捨てた父親(峰岸徹)の突然の死と、妻広末の妊娠とを結びつけて命の連続性みたいなのを見せています。
これは、、とても親しみやすい見せ方だと思いますが、うーん、正直、これだけで終わりか?? という思いもあります。まぁ宗教の映画ではない(宗教色は強くとも)んだけど、せっかくなら、もうちょっと突っ込んで欲しいなぁ、、と。
しかしあらためて考えさせられたのは、死とは、あらゆる人にとって固有の物語なのだな、、ということ。身近な人の死に接し、残された人は、故人との今までの時間を思い出して物語を作る、あるいは作り直していくのかな、、と思いました。
吉行和子が火葬されるとき、笹野高史(吉行が信頼する友人で、火葬場の職員役)が「死は次へ向かう門である」と言っています。それを聞いた息子杉本哲太は、きっと彼なりの物語を紡ぐヒントとしていくのでしょう。映画を見ている観客もまた、その人なりの物語を探そうとするかも知れません。
さらに言うなら、死は生と離れては成り立たない。死を物語と見るなら、生もまた物語となります。それは、限られた時間の中で、どうやって生を意味づけしていくか、、言い換えるなら、「私はこのために生まれてきた、生きてきた」気持ちになる営みを言うのかな。
ただ、そこで生を意味づけできてもできなくても、身近な人の死はかならずやってきて、残される者をぐらぐら揺さぶります。その経験を契機にして、残された後の人生がどう変わっていくか、、そこは試される大きな大きなポイントですね。
(ちょっと道元禅師を引用しますと、「ただ世間の生滅無常を観ずる心もまた菩提心と名づく」『学道用心集』、、ってところでしょうか)
そして、その「試され」て「変わる」ときの姿は、人によってさまざまではあるけれども、誰とも代わることのできない、たぶん孤独なものなのだと思うのですね。
もっと突っ込んで欲しい、、と思ったのは、ほんとうは、みんなその孤独に耐えつつ生きていて、同じように一人でも歩いて行こうとする姿に心打たれると思うのに、さらっと赤ちゃんネタで矮小化してしまった気がするからかな。「命の連続性」自体には、あまり仏教は気を向けないとも思いますし。
・・と、ちょっと反則っぽい突っ込みを入れつつの感想でした。基本ノスタルジックな、それでいて静謐で丁寧な映画だったと思います。
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