興聖寺法要に行ったハナシ
- お寺のこと
- 2009年9月27日 20:40
お寺も家系といっしょで、分家分家で増えてきた歴史があります。
本家を「本寺(ほんじ)」、分家を「末寺(まつじ)」と言います。
住んでる寺の本寺は京都府宇治市にある興聖寺(こうしょうじ-こちらとかこちら)というところです。

ここは、道元禅師が日本で初めて開かれた、曹洞宗の道場です。禅師の当時は今よりずっと北、京都市の深草というところにあったようです。
ところが、映画『ZEN』でも出ていたように、禅師は京都を逃れ福井に移り、その後の興聖寺は寂れていってしまったのです。
それから400年ほど経った江戸時代初期、淀藩の初代藩主・永井尚政(ながいなおまさ)が、自身の領内でそういう歴史があったことを知り、興聖寺を現在の地に再興されました。伏見城の遺構も使われ、血染めの天上や鶯張りの廊下が今も残っています。また、住職には当時名が高かったらしい、萬安英種(ばんなんえいしゅ)老師が招かれました。
そういうわけで、現在の興聖寺では、永井公を開基とし、萬安老師は中興の祖としてご開山(初代住職-ここでは道元禅師)なみの扱いで敬意を表しているのです。
という長い前振りでしたが、、スミマセン、以下も曹洞宗関連の方か、リアルの私をよくご存じの方向けになっちゃいます・・
興聖寺では、昨日から明日にかけての3日間、御征忌(ごしょうき)という行事が行われています。
ご開山と、中興のご法事ですね。昨日が中興の逮夜(たいや-イヴですね)、今日が中興の正当(しょうとう-法事の本番)法要とご開山の逮夜、明日がご開山の正当法要です。
これは毎年あるのですが、末寺住職である師匠はもちろんずっと出席、私は行ったり行かなかったり、、と中途半端なことでした。
ところが今日は久々に随喜(ずいき-法要参拝)を。
というのは、中興萬安大和尚の正当法要の導師を、堂長(どうちょう-道場の住職をとくにこう言う)老師の代理で師匠が勤めました。なので私は、師匠の侍者(じしゃ)として法要中後ろにつき、お線香やお供えものや香語を差し出したりしていたわけなのです。
さらにもうひとつ、じつは今年いっぱいで師匠が住んでる寺の住職を引退し、私と交代することになりました。そこで、本寺堂長老師に、その旨の前振りご挨拶もかねて伺ったわけなのです。
じつは興聖寺というところは、私にとっては子どものころからよく出入りした、、んーと、、坊さんとしての原点みたいなところです。大人になっても、曹洞宗青年会の坐禅会でお世話になりました。
あわせて堂長老師にも、子どものころからかわいがっていただきました。厳しいけど、若い人が大好きな、敬愛する方なんですよね。
まぁ住職交代っつうのがあったりして、私もちょっとナーバス(笑)だったのか、そんな感慨にふけりながらの随喜でありました。 はー、、とため息ついておきます。。
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